編集長町田厚成の今日もバンクで独り寝
● vol.007 クマ出没注意
アメリカ人がモーターホームを買うとき、「オプションで、ガンホルダーを付けるかい?」と店員に聞かれるという。銃など携帯することのない日本人にはピンと来ることのない、アメリカならではの話だ。スタインベックの残した名著『チャーリーとの旅』は、著者が愛犬チャーリーを連れて、キャンピングカーでアメリカ中を旅する話だが、そのなかに、雑木林で寝ているとき、クルマの周囲をうろつき回る怪しげな音を聞いて、思わずライフル銃を抱きしめるというくだりがある。
アメリカにおけるモーターホームの旅は、強盗に会うか、野性のクマに会うかは別としても、とにかく主人公に緊張を強いるシチュエーションが訪れることがあるのだろう。時代は変わっても、アメリカ人が抱くモーターホームの旅の原点には、いまだに西部開拓時代に幌馬車で旅した先祖たちの残像が残っていそうだ。
幸いなことに、残念ながら、日本ではそのような冒険や探検をイメージするような自然環境は皆無だ。砂漠もなければ、密林もない。猛獣もいなければ、とんでもない毒虫がいるわけでもない。都市部を離れれば、そんなに恐れるような強盗団が出没するわけでもない。遭遇するのは、100mも走れば出てくるコンビニと、10km置きに出てくる温泉センター。
ま、便利なことは素晴らしいことだが、本来「旅」というものが持っているほのかな危険な香り。これが全くないと、旅そのものが退屈になる。
が、日本にもそういうアドベンチャーの味わいをいまだに残す別天地がある。北海道がそれだ。スケールの大きな原野が残っているというのも、確かに日本離れしているが、なによりもこの地には、出会うと怖い…けれどもできれば遠くから、そっと生態を覗いてみたいという誘惑にかられるヒグマがいる。現に、この北海道では少しでも山道に入ると、必ずといっていいほど幹線道路ぎわに「クマ出没注意!」と書かれた看板が見られる。多いところは100m置きにある。まるで、今にも赤毛に彩られたクマの隊列が、道路の向こう側から整然と足並みを揃えて突進してくるという気配なのだ。なにしろ「クマ!」という響きの重量感が違う。「ウサギ出没注意」や「タヌキ出没注意」とは違った迫力がある。本州にもクマはいるが、「出没注意!」という看板はあまり見ることがない。看板の露出頻度からすると、北海道では本州の100倍もクマがいそうな気分になってくる。
実際には、現地の人に聞いてみると、この地で最後にクマを見てから30年経つとかいうのんびりした話が多い。しかし万が一のことを考えて、「クマに注意」という看板だけは残してあるのだそうだ。
しかしそれにしても、野性のクマに遭遇するという期待…じゃなかった恐怖はそう簡単に脳裏から去るものではない。
北海道はさすがに広い! と実感するのは、Pキャンするときだ。今晩のねぐらはどこにするか…。とりあえず地図を見て、少し山ぎわに入った「××公園」などという場所をたどっていくと、観光シーズンの夏休みにもかかわらず、トイレもあり、手を洗う水場も用意されて、本州ならばたいてい数台のキャンピングカーが泊まっていたりするはずの広大な駐車場が、自分のクルマ1台だけの貸切になってしまうことが多い。そんな場所で、夜のしじまに耐えながら、ダイネットシートにあぐらをかいてネクラに酒など飲んでいると、ちょっとした風のうなりがクマの遠吠え…?に聴こえたり、路上を転がるゴミ袋の音がクマの足音に聴こえたりする。すかさず「来たか!」と、胸を躍らせて窓を少しだけ開け、恐る恐る月明かりの地面に視線を走らせるが、ま、コンクリートに固められた駐車場まで散歩に出てくる物好きなクマがいるわけもない。
がっかりと胸をなで下ろし、失望するような安堵感に浸りながら、それにしても、こういうドキドキ感を与えてくれる大地が日本にあることを感謝したい気分になる。
北海道が、キャンピングカーオーナーたちにとって“聖地”だというのはよく分かる。土地が広く、景色が雄大。道路が空いている。自然が豊か。ま、いろいろな意味で、日本離れした雰囲気を満喫できる場所であるわけだが、その北海道の雄大な自然というのは、キャンピングカーという、移動の足と寝泊まりのベッドが一緒にくっついた乗り物で回るときに、一番効果的に味わえるという部分がある。フル装備のキャンピングカーのありがたみというのを一番実感できる土地というのも、ここだろう。
もちろん、そういうキャンピングカーとマッチングの良い使用環境であることに加え、やはりこの北海道がキャンピングカーオーナーたちの気持ちをくすぐるのは、なんといっても、この地には「冒険」や「探検」の匂いが残っているからだ。
そんなイメージを高めてくれる雰囲気づくりに一役買っているのが、「クマ出没注意!」の看板である。そう感じるのは、いかにも無責任な旅行者の感覚かもしれないが、ま、無責任な旅行者の側からすると、「クマ出没注意」というインフォメーションは、トラの潜むベンガルの密林かライオンの棲息するケニアの草原にでも近づいてきたような気分にさせてくれる。実際には、クマの被害に出合うことはまずないと言われるけれど、山の奥に人間に緊張を強いるような存在がいるということは、なんだか素敵なことではないか。

