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■ サムライ列伝 ■


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サムライ列伝

● vol.009 デルタリンク 山田秀明さん

勤務中にはタバコを吸うな!


デルタリンクの山田秀明さんは、自分の会社経営に対して厳しい姿勢で臨んでいる。しっかりした経営哲学を持ち、それに沿って、スタッフにプロ意識を植え付けるための厳格な社員教育を施している。

決められた勤務時間前に出社して、掃除をしたり工具を点検したりするのは当たり前。特に、ピット内が整然としていないときにスタッフに見せる表情は、ことのほか厳しい。

本人は愛煙家でありながら、オフィスでは全員に禁煙令を出している。「勤務中はタバコを吸う5分の時間も惜しんで仕事に励め」というのがその理由だ。

厳しいようでありながら人心掌握術も巧みで、社員の性格や適性を的確に見抜き、それに応じた活躍の場をそれぞれに与えて、スタッフのモチベーションを高める術も心得ている。だから彼の職場では、誰もがピリッとした雰囲気を保ちつつも、晴れやかな表情で仕事にいそしんでいる。

彼の鋭い人間観察力は、ビジネス・パートナーにも向けられている。口にこそ出さないが、彼にはこの業界の5年、10年先の様子が見えているようだ。そういう長期的なスパンで人や企業とのネットワークを構築していくというしたたかさも彼にはある。

クルマを仕入れるときは、人気車を扱うビルダーだからといって、その会社の経営感覚が時代に合わないとあらば、商品を扱う時も冷静で慎重な行動をとるし、逆に評価の定まらないビルダーであっても、そこの会社の経営方針に将来性があると分かれば、ためらわずに連携を取るための行動を起こす。

デルタリンクという販売ネットワークが順調に規模を拡大し、安定した業績を維持しているのも、山田さんの判断力の確かさと決断力の速さに負うところが大きい。

こう書いてくると、彼を知らない人は、一部の隙もないクールなビジネスエリートを想像するだろう。

しかし、私の知っている山田さんは隙だらけ。それどころか、酔った時の投げやりな仕草さえ優雅に見える芸術家肌の青年である。

たまに酒を飲みながら話すとき、彼はゆったりとウィスキーのグラスを撫で回しつつ、自分の好きな音楽や映画の話を、まるで遠い昔の思い出をたぐり寄せるように語り始める。その表情は、楽しげであってもどこか寂しそうな雰囲気もある。

昔、デルタリンク倉敷の近くのピアノバーで一緒に酒を飲んだことがあった。そこで彼は、再結成されたイーグルスについて語り、グラミー賞を取ったばかりのノラ・ジョーンズや日本人の実力派シンガー綾戸千絵の音楽を語り、キアヌ・リーブス主演の『マトリックス』や、馳星周の小説『不夜城』を語った。どれもその当時の超ホットな話題だったのに、彼の口元に漂っていたのは、故郷を失った旅人が浮かべるような、哀しい静けさを湛えた微笑だった。

山田さんの、勤務中に見せるクールでスマートな青年実業家としての顔と、プライベートな時間帯に見せる繊細な詩人を思わせる表情との落差に、私はいつもとまどう。

さすらう魂


山田さんが岡山県の倉敷市にデルタリンクを興して10年以上経つ。その後同社は広島、京都、宮城、新潟とネットワークを広げ、西日本を代表するキャンピングカーディーラーから全国的な規模を誇るグループ組織となっていった。

彼が住むマンションのテラスからは、洒落た街路灯の明かりを灯した倉敷の繁華街が一望のもとに見おろせる。広いリビングと大小三つの部屋を持つ贅沢なマンションで、彼は優雅な独身貴族を楽しんでいた。それを指して、私は「すっかり西の人になりましたね」と言ったことがある。彼の生まれが関東であり、最初の勤め先も関東だったからである。

「いやぁ…」と口を濁し、彼ははにかんだように笑ったが、その後の沈黙が長かった。いまだに「心はさすらい続けている」とでも、いいたげな表情だった。

デルタリンクを岡山で立ち上げる前に、彼は関東に拠点を持つビルダーで働いていた。キャンピングカーに対する理論的な理解力と説得力あるセールストークを武器に、社内でも社長に続くナンバー2と目される営業マンとして活躍していた。

高名な大学に在籍し、大手企業への就職もなんら支障ない環境にいた彼が、当時産業としても未成熟なキャンピングカー業界に飛び込んだのも、偶然知り合ったある国産ビルダーの社長が示した途方もない夢に共感したからだ。

今までの国産車とは違う、海外でも通用するようなデザインと品質を持ったハイレベルのキャンピングカーを造っていく。それがそのビルダーの社長の夢だった。それは、まだ創業期の混沌から脱し切れていなかった日本のキャンピングカー業界からすると、きわめて明確で洗練された目標だった。

それに共感した山田さんは、産業としてまだ未熟なキャンピングカー業界こそ、自分の力を思う存分発揮できる絶好の場所だと悟った。そして入社後は、新車開発に関しても積極的に提案し、セールスの切り口にも新しいアイデアを盛り込み、顧客の質問や意見に対しても、時間を惜しまず誠実に対応した。

この頃の山田さんに、私は何度か取材したことがある。

若いのに、自分の言葉を持っている営業マンだな…と思った。取材後の雑談のとき彼は言った。

「今自分はキャンピングカーは素晴らしいものだとお客様には訴えているが、キャンピングカーの本当の価値が文化レベルとして認められるのは、これから何世代か後のことだと思っている。自分は“今にキリストが登場する”と荒野に向かって訴えている予言者ヨハネのようなものだ」

現場から得た感覚だけを頼りに営業力を磨いていく人は多いが、彼にはそれ以外の文献的なデータから得ているものも多いように思えた。特に、文系の人間を唸らせるようなコメントがいつもポロリと口をついて出てくる。勉強の好きな人なんだな…と感じた。

ハードボイルドな生き方


その会社を辞めて西へ下ろうと決意したとき、おそらく、彼は自分の青春が終わったと自覚したのだろう。

そのとき、彼は好きな小説や音楽と自分の仕事が平和に共存していた青春と決別し、荒野を独りで生き抜くためのドライなビジネス哲学を手に入れようとしたのだ。彼がプライベートな時間帯に、文学や音楽を語るときに見せる寂しげな微笑は、何よりもそれを物語っているように思えてならない。

「男はタフでなければ生きていけない。しかし優しくなければ生きていく資格がない」

有名なレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説『長いお別れ』に出てくるセリフである。どこのバーのカウンターで飲んだときのことか忘れたが、彼が何を意味してこの言葉を漏らしたのかはいまだに不明ながら、そのときに浮かべた彼の優しい微笑だけは鮮明に覚えている。

ハードボイルドな生き方。

もしかしたら、彼はこっそりとそれを生きるための指標としているのかもしれない。繊細で、優しすぎる心を持つ人間の心は傷つきやすい。その傷つきやすい心を守るためには、クールでドライな外皮を身にまとって防衛する必要がある。ハードボイルドという小説上のスタイルは、そういう人間を主人公にすることから始まった。

彼の住むマンションの一角を占めるDVDコーナーには、NHKの『プロジェクトX』などと並んで、ひっそりとハンフリー・ボガード主演の『カサブランカ』が収められていた。

「こんな昔の映画も見るんですか?」と私が尋ねると、「これは世代を超えて共感できる名作じゃないですか」という答が返ってきた。

今は他人の妻となっている昔の恋人が現れても、変わらぬ愛を胸に秘めつつ、それを隠してさりげなく接する男の話だ。ハンフリー・ボガードのクールさがカッコいいという評判を呼んだが、内実はめちゃめちゃセンチな映画である。

こういう映画を深夜に一人で眺めている青年の姿を、優秀なビジネスエリートとして働く昼間の姿と重ね合わせるのはむずかしい。

おそらく、ビジネスであるキャンピングカーの話題から外れた趣味の領域に関しては、彼はまわりの人と多くを語ることはないだろう。それはある意味で、ヤワでセンチな領域に属する世界だからだ。

しかし、人に見せないヤワな部分を上手に飼い慣らすことによって、彼は1台のキャンピングカーのなかに秘められた夢の部分を見逃すことなく、しっかりとすくい上げ、それを顧客に訴えるための力としていくことだろう。